どのウェールズ人に聞いてもこう言うでしょう。神の国で生まれ育ったなら、そこをずっと故郷と感じるものです。私はニューヨークに生活の拠点を築きましたが、「帰る」と言うのは、ウェールズに戻るときだけです。毎日、ものすごく恋しくなります。

いつかウェールズに戻ると思っていましたが、ロサンゼルスから引っ越したとき、結局たどり着いたのはニューヨークまででした。息子がブルックリンで生まれたという事実には、今でも驚かされます。彼はいつかマンハッタンのスカイラインを見て「ここが僕の家だ」と思うでしょうが、私は今でもロバート・デ・ニーロの映画の中にいるような気がします。

ウェールズ人らしさを忘れるかどうかは、自分で選べることではないと思います。ウェールズで生まれた人、またはウェールズ人の親を持つ人は、その消えない烙印を一度押されると、それは一生ついて回るのです。ラグビーを観るときも、歌を歌うときも、トム・ジョーンズを聴いて涙する瞬間にも。

私はカーディフで生まれ育ちましたが、今でも信じられないほど特別な場所です。退屈するような街ではありません。"

ボートが浮かぶ川と、その後ろにある大きなスポーツスタジアム。
カーディフのタフ川とプリンシパリティ・スタジアム。

ウェールズとのつながりを保ち続ける

 

セント・デイヴィッドの日は、国外に住む私たちにとって特別な意味を持ちます。年に一度、堂々と「ウェールズ人らしく」してもいい日なんです。ロサンゼルスに住んでいた頃は、焚き火で12時間かけて丸ごとのラム肉を焼き、みんなが集まって、シャンディを何杯か飲んでいました。ニューヨークにはとても活発なウェールズ人コミュニティがあり、3月1日には大きなパーティーが開かれます。私は息子にすごく愛国的な服を着せるようにして、無理やりリーキ(ネギ)を食べさせています。

最初に撮った映画のひとつは、素晴らしいフランス人スタッフとのものでした。ウェールズ各地で撮影していた時に、撮影監督がこう言いました。「君たちの国は“小さな大国”だね」と。それがウェールズの好きなところです。大きな山々、素晴らしい海岸線、広大な風景——あらゆる景色が、ほんの少し移動するだけで味わえるのです。

上空から見たメナイ橋。
北ウェールズ、アングルシー島のメナイ海峡

私たちは、歴史的に自分たちのアイデンティティを守るために戦ってきた小さな国です。小さいからこそ、もっと大きな声で叫ばなければならなかった。それが、信じられないほど強いアイデンティティを与えてくれるのです。私にとってそれは揺るぎないもので、オークの木のように強固です。空想の世界に飛び込んで他の人になりきるという今の仕事にとって、それはとても大切な土台です。でも、自分が誰かから逃れることなんて、到底できません。

エミー賞を受賞したこと(2018年『ジ・アメリカンズ』で主演男優賞)は、とても現実離れした経験でした。その瞬間に至るまで何が自分を導いてくれたのかを強く考えさせられます。私にとって、それは間違いなく礼拝堂、学校、エイステズヴォッド、アースといった、すべての大きなパフォーマンスの場でした。あのトロフィーを手にしていた瞬間、そうした経験が私を形作っていたのです。スピーチをするのは、人生で最も怖いことでした。一番の目標は震えないこと、そして感謝すべき人たちの名前を忘れないことでした。最後に「Diolch yn fawr iawn(ディオルフ・ウン・ヴァウル・イアウン=どうもありがとうございました)」と言って、世界の舞台で小さなウェールズらしさを放ちたかったんですが、忘れてしまって、今でも悔やんでいます。だから、今度はオスカーを獲って、絶対に「Diolch yn fawr iawn」と言いたいです。

父の家族はミッド・ウェールズのマカンレス出身で、母はペンブルックシャーのフィッシュガード出身です。子どもの頃は、その二つの土地を行き来していました。母の家族は海に関わる人々で、ビーチやボート、セーリングが日常でした。父の家族は農家だったので、イースターといえば子羊の出産と農作業。そういう意味でとても豊かな子ども時代でした。まるで二つの異なる国で過ごしていたかのようでした。

美しいビーチ。
西ウェールズ、ペンブルックシャーのフレッシュウォーター・ウェスト・ビーチ

うわぁ、ウェールズすごい!

かつてウェールズは、ケルトの国々の中で「控えめな存在」と見なされていたこともありました。スコットランドやアイルランドほどの力はないと思われていたのです。でも私はいつも、人々にウェールズを探検してみてほしいと勧めています。行けば必ず驚くはずです。本当に毎回そうなんです。

3年ほど前、アメリカ人の友人にウェールズを紹介するという挑戦を受けました。友人が言ったんです。「3日あるんだけど、ウェールズを車で回りたい。どこへ行けばいい?」と。それで僕たちはカーディフを朝、快晴のなか出発して、ガワーのビーチでランチをしました。彼はその時点で、「炭鉱の底でパンとチーズをかじってるんだと思ってた」と驚いていました(笑)。次はディラン・トマスに関係する場所が見たいと言うので、ラーナへ行って、ブラウンズで数杯飲んで一泊。翌日は海岸沿いの道をずっと北へ進み、エリリ(スノードニア)まで行きました。帰りは中部を通って、レイアダーやエラン渓谷を抜けて戻ってきました。彼は感動して、「うわぁ、ウェールズすごいじゃん!」って言ったんです。それ、なかなか良いキャッチコピーですよね。

ラーナ城と、他の観光名所への案内標識。
ポウイスのエラン渓谷にあるダム。
カーマーゼンシャーのカステル・タラカーン(ラーナ城)と、ミッド・ウェールズのエラン渓谷

地理的に見ても、ウェールズは本当に多くの魅力があります。コースティアリングができたり、山の斜面をジップラインで滑り降りたり、馬に乗って国をほぼ横断することも出来ます。僕の心にいつもある道はA470です。様々な景色や風景が見られるからです。特にバナウ・ブリチェイニオグ(ブレコン・ビーコンズ)を抜けてミッド・ウェールズへ向かう道が大好きです。そこでウェールズがその力強さを見せ始め、景色がどんどん劇的になっていくんです。良い音楽があれば、このルートはいつも感動を与えてくれます。

自分がこうやって自慢するのは簡単です。なぜなら、私はウェールズという国に対してとてもロマンチックな見方をしているからです。でも私はいつも、ウェールズ人は温かくて、ユーモアがあって、国への誇りがあるからこそ、素晴らしいおもてなしができると信じています。人々に来てほしい、ウェールズを発見して、楽しんでほしいんです。

背景に田園風景と丘が広がる石の壁。
ミッド・ウェールズ、バナウ・ブリチェイニオグ(ブレコン・ビーコンズ)のジオパーク

関連情報